一青窈の国籍はどこ?ってか実家が台湾の財閥ですやん

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歌手だけではなく俳優としても活躍し、現在も結婚して子育てをしながら活躍している一青窈さん。

一青窈さんが台湾人とのハーフであることは有名ですが、なんと実家は台湾の財閥の家系だというのです。

今回は、そんな一青窈さんの国籍や、台湾の実家である財閥の家系について調べました!

また、一青窈さんのご両親やお姉さんの情報についてもまとめているので、ぜひ最後まで読んでみて下さい。

一青窈の国籍は日本?台湾?本名も違う!?

『一青』という苗字って、とても珍しくて中華系の名前なのかな?と思われたりしていますが、実はこれは日本の苗字です。

“ひとと”“しとと”と読む、現在の石川県の一部である能登国能登郡一青庄に由来していると言われています。

一青窈さんのお母さんは石川県出身の方です。

因みに一青姓は現在日本には30名程しかいないそうなので、「中国の苗字?」と思われても仕方ないですね。

一青窈さんは、本名は一青窈で間違いないのですが、出生名といいますか、台湾での名前があるそうです。

それが 顔窈(イエン・ヤオ) です。

顔(イエン)は一青窈さんの父方の姓で、一青窈さんも台湾に行った時にはこの名前を語るそうです。

一青窈は台湾5大財閥の一つ顔家の末裔

一青窈さんの父方の家系をさかのぼると、台湾の日本統治時代に九份での金鉱経営によって一代で財を成した顔欽賢さんに辿り付きます。

顔欽賢さん


台湾には経済界を裏から牛耳っていると言われている5つの家系があり、台湾5大家族と呼ばれています。

台湾五大家族は、以下の5つです。

  • 基隆の顏家
  • 板橋の林家
  • 霧峰の林家
  • 鹿港の辜家
  • 高雄の陳家

顔家のある基隆(キールン)市は、台湾北部にある9割以上が丘陵地帯の街です。
(古い小ネタですが、漫画『拳児』で拳児が日本から台湾に渡った際、最初に降り立った地がこの基隆でしたね)

一青窈さんの祖父である顔欽賢は、基隆に6万坪以上の土地を持ち、大邸宅を構えていたらしく庭園は一般にも開放されており、地元民の憩いの場としても愛されていたと言います。

祖父の生家であった顏家の邸宅「陋園」は基隆の中心にあり、その広さは約6万坪ほどもあった。松や灯籠、池のある日本庭園は、台湾三大庭園の一つに数えられるほど美しいとの評判だった。地元の人々の憩い場としてや、学生たちの遠足地としても開放され、宮家の訪台時の宿泊場所にも指定され、私は、当時を知る人からは「顔さんのお庭でよく遊びました」と言われることも少なくない。

引用元:台湾基隆と高崎の絆〜顔家をめぐる新著が解き明かした日台秘話

しかし、日本が戦争で負け中国本土より中国国民党政権が台湾を統治するようになった際に起きた「二・二八事件」に巻き込まれ、政府により6万坪の土地を没収されてしまったそうです。

それ以来、顔家は「政治には関与しない」を家訓として、政治から距離をおき、事業を縮小し、ひっそりと目立たぬように徹したといいます。

一青窈さんのお姉さんが言うには、「五大家族のなかで顔家は最も没落した存在になっている。」とのこと。

一青窈の両親、そして姉

一青窈さんのご両親とお姉さんについての情報を調べました。

一青窈の両親

お父さんは基隆顔家の三代目の長男である顔 恵民さんです。

お父さんは日本統治時代末期に日本に留学していましたが、1947年に台湾で二・二八事件で実家が大変なことになっていると聞き、帰国しました。

しかし、共産党のスパイ摘発の名目で同じ大学で学ぶ同級生たちが逮捕されていくところを目の当たりにし、自身の身の危険も感じ、わずか2年で密航という形で日本に渡ったといいます。

そして、日本で一青窈さんお母さんである一青かづ枝さんと出会いました。

台湾の治安が安定してきたときに夫婦で台湾へ帰国し、お姉さんの一青妙さん、そして一青窈さんが産まれました。

一青窈さんは顔 恵民さんが48歳の頃に誕生した娘さんで、とても可愛がっていたそうですが、一青窈さんが台湾の幼稚園卒業と同時に父を台湾に残して、お母さんの実家がある石川県に越してきました。

一青窈さんのご両親は、すでに他界されています。

お父さんは一青窈さんが8歳の頃、そしてお母さんは16歳の頃に2人とも癌で亡くしています。

当時はガンであることを本人には告知することは稀であった時代だったため、お父さんがガンであることは本人には伝えられず、お母さんだけがそのことを知っているだけだったそうです。

お父さんは自分の病名を知らずに亡くなりました。

また、お母さんがガンになった際には、お姉さんが医者から母がガンであることを伝えられ、母へはもちろん伝えず、そして学生だった一青窈さんを長く苦しめないようにという思いから、妹にも伝えなかったそうです。

お姉さんとしてもとても辛い状況だったのですね。

結局、一青窈さんが母がガンであると知ったのは、お母さんが亡くなる12時間でした。


一青窈さんが歌う「ハナミズキ」は、僅か15年という短い夫婦生活だった2人が死後の世界では100年(永遠)に続いてほしいという想いも込められているそうです。

一青窈のお姉さんは一青妙

一青窈さんのお姉さんは、昭和大学歯学部を卒業した歯科医師であり、舞台女優、ナレーターそしてエッセイストとしても幅広く活躍されている一青妙さんです。

台南市親善大使、石川県中能登町観光大使、四国一周サイクリングPR大使も務められています。

台湾の顔家を題材にした舞台「時光の手箱:私の父さんと母さん」の原作を手掛けたり、日本と台湾の懸け橋となる仕事を沢山されています。

また、老人施設への訪問診療を中心とした歯科医療を行なっているそうです。

まとめ

今回は、一青窈の国籍はどこ?実家が台湾の財閥の噂の真相と題して、一青窈さんのルーツやご両親、そしてお姉さんについて調べてまとめました。

一青窈さんのルーツである顔家を調べることで、日本統治時代の台湾の事なども知ることができ、とても勉強になりました。

台湾で大人気の観光スポットである九份に行ってみたいなと思っているので、観光に行った暁には「このあたりの金鉱を一青窈さんの実家である顔家が仕切っていたのか」と思いを馳せながら九份の街を歩きたいです。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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